アドルフの主治医
観劇日時/11.11.11 18:00~19:50 劇団名/words of hearts  公演回数/第12回公演 作・演出/町田誠也  舞台監督/忠海勇  舞台美術/高村由紀子 照明プラン/岩ヲ脩一  照明/松田由美子  音響/松本崇 小道具/蝦名紗友水  衣装/喬本珪  音楽監修/町田拓哉 宣伝美術/金田一樹生・佐藤誠  制作/水戸もえみ・大澤瑠乃 劇場名/ことに PATOS

現代に通じる、強権政治に馴染んで行く弱い人間たち

 ナチズム全盛時代のドイツの若い医者であるヨーゼフ・メンゲレ(=サイトータツミチ)は軍医の時代に戦線で大怪我をして職を失い苦労していたが最愛の妻・イレーネ(=飛世早哉香)に助けられ、何とか再起を模索していた。
 そのころ世話になった恩師のオトマール・フォン・フェルシュアー(=井口浩幸)から、ヒトラーの次代を創る研究所への就職を勧められていた。悩んだ末、ナチズムへの感化もあり、その研究が収入的にも格段の違いの魅力もあり、妻への報いの気持ちもあり、研究所入りを決意する。仕事の成果によっては教授の地位も期待される。
 同時に妻の妹であるサブリナ・シェーンヴァイン(=袖山このみ)の恋人であるハンス・ラフレンツ(=仲野圭亮)が無職なのでヨーゼフの研究の助手を務め姉妹の夫二人で研究生活に没頭する。
 同時進行で、何年か後の南米のある田舎街の安下宿での、小説家志望のヤコフ・フランクリン(=浅葱康平)と魚釣りで日々を送るホフマン・クリード(=温水元)、そして下宿のおばさん・マルシア(=高野吟子)たちの穏やかで平和な日常が描かれる。
 ヨーゼフの妻イレーネが夫に「平和になったらどこへ行こうか?」と聞かれて、その南米の街の名を答えたことで、この南米のシーンは、彼らの何十年後の姿だと思われた。
 ヨーゼフは次第にナチズムに深入りし、パーキンソン病に侵されたヒトラーの次代目を作り出すための遺伝子研究をするために、ユダヤ人の捕虜では絶対に純粋なドイツ人の血統が得られないと考え、妻・イレーネに純粋なドイツ人との人工授精を強要する。
 さすがに信じた最愛の夫のこの申し出も、こればかりは応じられない。当然のことでイレーネは今、貰ったばかりの結婚指輪を置いて静かに出て行く。
 同じ頃、妹夫婦も幾度かの葛藤の末、反ナチス団体への加入を目指して密かに兄との交友を絶つ。
 やがて敗戦、狂った研究員・ヨーゼフは、ユダヤたちの追跡を逃れて妻の憧れていた南米のあの街へと移住したらしい。小説家が釣り三昧の男に銃を向けるのがラストシーン。
 この話は事実を基礎にフイクションを積み上げたのかも知れない。しかし人間の弱さをナチズムの脅威に結び付けて舞台に描いたのは、現代にも通じる強権政治に屈する経過を改めて大きくショッキングな形で受け止めさせた目線に強く同感する。