りんご 観劇日時/17.3.29 20:00~21:20 劇団名/シアター・ラグ・203 作・演出/村松幹男 演出補/平井伸之 音楽/今井大蛇丸  音響オペレーター/久保田さゆり 照明オペレーター/瀬戸睦代 劇場名/札幌・澄川 ラグリグラ劇場 出演/山岸翔平=村松幹男・女=萬年わこ

初見とも思える古典名作に痺れる

この芝居は最初、03年の1月に観て大ショックを受け、その詳細を『続・観劇片々』第二号に詳しく書いている。そしてその後14年5月までに12回も観ている。
そしてそれから3年後の今日は13回目の観劇だった。それらの観劇記は克明に記録してあるのだが、今それらの全部を読み返してみた。その核心は次の一文に代表されるであろうか。
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この山岸氏の苦境は、すべての人間の生きている苦しさの象徴である。そしてこの半日の山岸氏の行動とその苦しさはすべての人間の苦境の具体的な現れである。
 彼の悪夢に出てくる女は彼の幻想であるばかりでなく、人々すべての苦しみの中から出てくる被害妄想を代弁している。
 彼のこの半日に絡む人々や幼い子供や蜂や犬までもが、すべて人々が絡む苦衷や追い込まれる様々な状況の象徴でもある。
 この舞台が表現している事象は、人間とその人間が作る世界のモデルなのだ。これこそ近代古典の秀作だと思う。
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ほとんど物語の展開も台詞も知り尽くして居るわけだから、何か懐かしい古典名作を改めてゆっくりと観てみようかな、というくらいの気持ちで今日の客席に座った。
だが舞台が始まると同時に、初めて観るような気分に捉われた。まず山岸氏が相手役を具体的に的確に浮かび上がらせるという僕のいう〝一人芝居の第2パターン〟を実に巧妙に演じていることに惹きこまれたのだ。これも勿論予定折り込み済みだったのだが、それ以上の衝撃的な魅力だった。
もちろん周りの虫や犬や少年などが描かれることで極度に追い詰められ逼迫した心境がリアルだし、幻想に出てくる女3人がそれぞれの位置を的確に表現しながら迫力
が圧倒的だったことなど、初めて観たような感覚に痺れたのだった。

これこそ古典的名作であると再確認した一夜であった。また観たい魅力に惹きこまれる。