サンタのうた

観劇日時/16.10.1 15:00~16:30
劇団名/札幌 ハムプロジェクト
  
公演名/全国縦断10周年記念興行 旭川公演
脚本・演出/すがの公  音響・照明/竹屋光浩

劇場名/旭川まちなか文化小屋

敗北した父の人生と、未来へ旅立つ娘

10年前の初演を観ているので、今回の観劇の後に、その時の観劇記を読み直してみた。次がそれである。

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『サンタのうた』

skc☆二人芝居 全国巡演 札幌公演  06年12月23日/シアターZOO
脚本・演出/すがの公 照明/及川奈緒美  音響/石嶋南絵 音響協力/糸川亜貴
宣伝美術/小島達子 ちらしデザイン/天野さおり  
舞台美術/すがの公 制作隊長/井嶋麻紀子   企画制作/劇団 SKグループ

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懐かしく切ない父娘の物語
とても素直に素朴に良くできた人情喜劇だ。物語らしい展開はないけど、一応話の背景を紹介しよう。
初夏の頃、別棟にあるらしい2階の物置部屋の片付けに来た40歳の父親(=すがの公)と20歳のその娘(=天野さおり)。この場所はこの二人にとって共通の思い出のある場所だ。毎年、この軒先に巣を作るツバメの思い出とともに……
父親は15歳の時あるマンガ賞に入賞して以来、マンガ家を目指すが、いつまでたっても売れず、40にもなって相変わらずコマ割りやベタ塗りのアシスタントをやっている。会社を経営するしっかり者の母は、そんな夫に愛想を尽かして離婚する。
大学生の娘は、自立を考えて学資を出している母に内緒で退学する。
そんな二人の、互いに相手を思いやりながらの内に込めた想いの数々を語り合う、というかそれはほとんどコントのように噛み合わない会話の断片だ。
互いの弱みをチラチラと見せたり隠したりの攻防が、微妙に可笑しいやりとりだ。
そしてそれは情けない父としっかりした娘の、懐かしいが永久に帰ってこない郷愁であり、微かな切ない温かさだ。
話に出てくる母親であり元妻である人も、彼女がいたから二人がいるという意味では、やはり二人にとっては大きな存在であろう。
この時間の永遠に続くことを意識の底で願っている父は、なんだかんだと言いながら何とか片付けを長引かそうと画策する作戦が実に可笑しい。
ツバメの雛が鳴いたと思ったら夜は寒くて毛布を掛けたりするのが初夏なのか初秋なのか判らないし、娘の面接の電話が来ると思えば停電になったりする設定が昼なのか夜なのかが判らず、どちらも微かな違和感があるのがちょっと気になった。
だがそんな微かな瑕疵も乗り越えて、父娘二人の存在に温かくなる2時間であった。

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読んでご覧の通り、あまり評価は高くない。今回、観終わって、話の芯とその展開は、おそらく初演とほとんど同じだと思ったけれど、余りにも印象が違うので、終演後、娘役の天野ジロ(前回の芸名は「天野さおり」)さんに「脚本は初演と同じなの?」と聞いてみた。彼女は「基本的には同じだけど、少し長いので削除した部分は多いし、台詞も時代に合わせて変更した部分もあります」という答えだった。
どうしてこんなに印象が違うのだろう。僕の感性が10年前とそんなに違うのだろうか? 10年前は鈍感だったのに現在は進化したのだろうか? 最近、昔書いたものを読み返すといつも現在と逆の感覚に驚くのだが……
今日の舞台で、まず一番鋭く衝いてきたのは、軒下の燕の巣の中の燕の親子に対する二人の反応である。父の清彦(すがの公)や娘の聖(天野ジロ)が大声を上げたり、強風が吹いたりするたびに驚いて鳴きだす燕の安否を二人は案じるのだが、それが娘の幼い思い出に結びつき、この燕の存在が、二人にとっての、これまでの生きてきた結びつきのシンボルのように改めて印象的な存在として強く感じられたのだ。
もう一つは季節感と停電が今日の舞台では全く不自然ではなく、感情的な瑕疵も無かったことだ。
総じて人情喜劇と言うよりは「敗北した父の人生と、未来へ旅立つ娘との接点」とでも言い直したいのだった。
もう一つ思ったのはコントと短編喜劇との違いだ。最近はコントとは「作為的あるいは偶然の行き違いがもたらす混乱の笑い」のようだが、TVの「キングオブコント」を観ていると、様々な人生の浮沈を表現しているようだった。「ドラマとしての葛藤」ではないけれども「ある人生の葛藤描写」とは思えた。今日の『サンタのうた』は、そういう芝居かなと思った。