観劇日時/16.5.11 20:00~21:20
劇団名/シアター・ラグ・203

作・演出/村松幹男 音楽/今井大蛇丸
音響オペレーター/村松幹男  照明オペレーター/久保田さゆり

劇場名/ラグリグラ劇場

物欲に頼らない本当のハッピィ・ライフ

冴えない中年男・安夫(=平井伸之)が夜遅く、繁華街のネオンが押入れの襖に反射する貧乏下宿の一室へ、何だか疲れた表情で帰ってくる。
一升瓶からコップへ注ぎ入れたお酒で一息ついていると、この男に岡惚れしている社交クラブのホステス奈津美(=田中玲枝)が訪ねて来る。彼女はこの部屋のカギを持っているのだが、安夫が2週間ほどお店へ来ないので心配なのだ。
安夫は若い頃、演劇で俳優をやっていたが才能の限界を感じて辞めてからバイトばかりのフリーター生活で、特にこの頃は仕事が減って貧乏しているからお店へ行く回数が激減しているのだ。
奈津美がフト見ると古新聞紙の包みがあった。気づかれないように開けてみると、この部屋には似合わない刺身包丁が出てきた。安夫に聞くと「これで人を刺す。手当たり次第に30人を刺し、最後に自分を刺す。それで万事終わりだ」と芝居掛かって絶叫する。奈津美は冗談だろうって思うが、この貧乏部屋に刺身包丁があること自体が大きな疑問だ。
何かを察した奈津美が1万円を差出し食べ物を買って来てくれるように頼むと、安夫は遠慮がちに「この金でおコメを買っても良いか?」と聞く。奈津美は逆にお釣りはいらないからと喜ぶ。
安夫が買い物に行ったので、その辺を片付けながらラジオを点けるとニュースが、「この近辺で鋭利な刃物による連続殺傷事件が頻発している」と、その詳細を報道している。その内容がますます安夫らしい疑惑を深めて気が気じゃない奈津美……
台所から部屋へ戻ってみるといつの間にか不思議に派手な衣装と化粧の若い女(=瀬戸睦代)が座っている。奈津美が尋ねると「この家の押入れの奥にある或る王国の姫で、その国が権力闘争に陥っているので、昔この国の英雄だった安夫に助けを求めに時々来るのだ」と言う。
安夫が帰って来たので姫のことを聞くと彼は姫に話に合わせていて、自称・姫が何かを言うと、西洋の騎士のような態度で承る。野良猫の鳴き声が聞こえると猫が大好きな姫は外へ飛び出したので、奈津美が彼女の事をもう一度聞くと、単に孤独で奇妙な女に話を合わせているだけなのだと言う。
奈津美も話を合わせて三人で飲み直すのだが、姫のことはともかく奈津美には、やはり刺身包丁の心配が深く心に残る。安夫がトイレに行き奈津美が台所に行って部屋に帰って来ると姫は居ない。
落ち着いたところで奈津美はもう一度安夫に包丁の事を聞く。安夫は中々返事をしないが、これ以上心配を掛けたくないと決心をする。
「自信が付くまで内緒にしたかった……実は調理人の資格を取りたかった。明日から刺身の実習に入るのだ」「そうか、道理で野菜の千切りが私より上手だよ」「将来は僕が調理人で、奈津美が女将さんの小料理店を開こう」
完全なハッピイエンドだ。ここで姫はどんな役割だったのだろう。この劇団の近年の佳作である『山がある。』もハッピイエンドという声もあるが、あの作品は、常在する日常生活の社会的政治的な不安の上にあるハッピィで、『姫』の完全ハッピィとは違うのだ。「シアター・ラグ・203」のレパとしては『乾杯』に次ぐ系統の物語であろうか。

この物語は「近代資本主義が追い込んだ物欲万能で富と貧乏を産んだ、その格差をなくすことこそが平和の方法」であるという、元・ウルグアイの世界一貧乏な大統領ホセ・ムヒカさんの言う「物欲のない本当のハッピィ生活」だろうか。