山がある。

観劇日時/15.6.10. 20:00~21:30
劇団名/シアターラグ203

作・演出/村松幹男 音楽/今井大蛇丸
音響オペレーター/湯澤美寿々 照明オペレーター/瀬戸睦代

劇場名/札幌・澄川 ラグリグラ劇場

日常の不安、不安の中の日常

山頂近くで崖崩れのために孤立した二人の見知らぬ男女(女=イズミユウコ・男=平井伸之)。ケータイも届かない場所だ。偶然、道端に置いてあったベンチに掛けて悲運を語り合う。
突然「ベンチに乗せる重量が500㌘を増減すると3秒後にベンチは爆発する」という声が聞こえる。傍の大岩の根元にあったスピーカーからの声だった。慌ててそのスピーカーに寄ろうとすると「1・2~」という秒読みの声がするので慌ててベンチへ飛び戻る。すると声は消える。
何か物を食べようとベンチの下に置いたリックサックを取り上げると「重量増加」という声が聞こえる。二人はにっちもさっちも動きが取れない。一種の迷路にはまったのだ。どうしたら良いのか分からない……現実の我が身と意味不明の在り得ない我が身とのギャップ、現実の我が身には当然、起こり得ない展開……そのやりとりが延々と続く。でも、こういう現実には見えないところで何かが起きているんだ、それを知らないだけだとも言えるんだろうか? そして二人は何時の間にか連帯意識が恋に発展していることに気が付く。
場面は転換して恋人の二人は高級レストランの個室に居る。食事をしようとすると店内のスピーカーから山の中と同じ声がする。傍の携帯品置き場から携帯電話を取ろうとすると、やはり秒読みの声がする。二人の座っているテーブルは、ちょうどそのテーブルと二人の椅子だけを載せるだけの大きさの赤い絨緞の上に置いてあったのだ。
そういう現代的な潜在意識をエンターテインメントに転換した力技は凄い。演劇の最大の魅力だ。
平常の日々に意味不明の恐怖は常住し、意味不明の恐怖の中にも日常はある、とでもいうような現代の日常の不安を象徴しているのだった。
その他にウェイター役で村松幹男が出演。声の出演は伊井章。