映画:フライド・グリーン・トマト

鑑賞日時/15.1.24. 14:00~16:10
製作年度/1991年 製作・配給/アメリカ・ユニバーサル映画
原作/ファニー・フラッグ 脚本/ファニー・フラッグ キャロル・ソビエスキー
製作・監督/ジョン・アヴネット 製作/ジョーダン・カーナー
会場名/アートホール・シネクラブ

異常な物語だと感じた

 ジョージャ州に住む中年の主婦エヴリン(=キャシー・ベイツ)がある時、叔母の面会で訪ねた老人ホームで、元気な老女・ニニー(=ジェシカ・タンディ)に出会う。やがてホームを出たニニーを自宅に迎え入れて二人は新しい人生を歩み始める。
 ストーリィ解説には要約そのように書いてある。だが観る前にはまったくと言っていい位に予備知識が無くて、映画を観た後に、この解説を読んで何とか分かったのだが、観ている間は、およそ何が何だかほとんど判らなかった。
 と、言うのも登場人物がとても多くて相関関係が入り乱れて判りずらく、時代もエヴリンの現在とニニーの過去とが、ひっきりなしに相互に描かれるから、まったく混乱する。
観たときに何とか感じられたのは、最愛の兄を事故で失った少女とその兄の恋人との友情物語らしいくらいだった。特に僕から見てアメリカ人はみんな同じように見えるから困る。何とか顔立ちの特徴で記憶しようと焦って観ていた。
 その中で印象に残った場面は、後に別の男と結婚した兄の恋人だった若いニニーの夫が行方不明になって湖から遺体で発見され、犯人と疑われるが無罪となる。そのお祝の野外パーティで、大きな肉塊をぶった切って盛大に焼いて喜ぶシーンが何か異常で不気味な感じが強かったこと。それと、妹と亡くなった兄の恋人との友情が何かしっくりと来ない不自然さを感じたことの二つだった。
 映画を観た後で、その焼肉はその殺した夫の肉だったということ、二人の女性の関係は原作では同性愛であるということを知って非常に驚いた。この映画の見所はそこだったのだろうか? 単純な若い女性の友情物語ではない。悲運な状況にある二人の女性の友情以上の繋がりと同時に、女性の生きる強さを極端に描いたのではないのだろうか? とても異常な物語であるようだ。
 ところで、フライド・グリーン・トマトとは料理の名前だが、この物語と、この料理とはどういう関係があるのだろうか?