演 目
バス停
観劇日時/13.6.19. 20:00〜21:00
劇団名/シアター・ラグ・203
作・演出/村松幹男 音楽/今井大蛇丸 
音響オペ・/久保田さゆり 照明オペ/瀬戸睦代 宣伝美術/久保田さゆり
劇場名/ラグリグラ劇場
出演/田村一樹 平井伸之 萬年わこ

奇妙な悪夢の時間

 この舞台、何度か観たような気がして調べてみたのだが、02年 12月に一度観ただけであった。それほど印象が強かったのだろうか? 「別役流の不条理劇の恐怖」と題した一文が残っているが、その一部分を抜粋して紹介する。(『続・観劇片々』創刊号03年3月刊)
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 真夏のバス停。強烈な太陽の下、周囲を圧する蝉の大合唱。なぜかバス停の車道に座り込んだ男が椅子を作っている。女性用下着訪問販売のセールスマンが、初めての土地に迷って、暑さでフラフラになってやってくる。
 黙々と椅子を作る男。行く先を失ったセールスマン。なぜか必要以上に卑屈になるセールスマン。下らない親父ギャグを真剣な顔で連発する椅子つくりの男。
 女が来る。この人一人は日常的ではあるが、セールスマンとの会話は噛み合わない。この辺でこのテキストは別役実作品だったかな? という確信的な疑問が湧く。
 男と女は夫婦であった。女は架空のゴザを敷き、男と一緒にママゴト遊びを始める。セールスマンを無理やり客として招待する。幼い子どもが連れて来られる。乳母車に乗った子どものマネキン人形だ。夫婦は生きている自分の子どもとしてマネキンを扱う。セールスマンもそれを遊びとして付き合う。抱かせてもらった人形は、男の足払いで転倒したセールスマンの腕から落ちる。
 夫婦は自分たちの子どもを殺したと責め立て椅子に縛り付けて折檻をする。この辺から男は不条理の世界にいる自分の存在の不当性を自覚して反発する。
 セールスマンは恋愛関係にあったと錯覚していた客の若い人妻の離心に狂って客の若妻を殺害したと告白する。
 夫婦がセールスマンのトランクを開けると、商品の婦人用下着しか入っていないはずなのに、セールスマンから贈られた指輪を嵌めたその若妻の切り落とされた左腕が出てくる。夫婦の理不尽な暴力によってセールスマンはついに失神する。
 暗転して溶明するとバス停のベンチに夫婦とセールスマンが座っていて、夫婦はごく日常の夫婦であり、一年ぶりに吹っ切れた息子の墓参りに行くためにバスを待っていたのであった。セールスマンは一場の夢を見ていたのであったのか?
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 以上が初見の感想の概要で、そこには観客としての僕の素直な感想が無い。その当時を思い出してみると強烈な印象があるのだが、何か別役実の作品じゃないのかという感じが強かったのを覚えている。当時、同じころに観た別役実の「いかけしごむ」ととても似ていたせいもあるらしい。
 今日、観て新たに感じたのは、セールスマンが思い込んでいる「背徳の被害妄想」の恐ろしさであった。人は誰しも背徳を妄想する、だがそれは同時に死に直面する被害妄想を引き起こしかねないということだ。それは、どうしようもない人間の「業」なのかも知れないのだ。そのことを痛感する。