演 目
素 麺
観劇日時/12.11.10. 19:30〜20:20
劇団名/弘前劇場
作・演出/長谷川孝治  舞台監督/地代所大一
照明/中村昭一郎 音響/平塚麻似子 舞台美術/黒滝奎吾
宣伝美術/吹田風子 制作/弘前劇場
劇場名/コンカリーニョ

静かな演劇

 平田オリザ氏に始まったいわゆる「静かな演劇」の僕の規定は「劇とは葛藤のプロセスである」というテーゼから外れて舞台上では具体的な葛藤が見えないけれども、実は「表面下では噴火寸前のものすごい葛藤が燃え盛っている」というという演劇だと考えていた。この「素麺」はまさにそんな演劇であり、そんな舞台であった。
 3・11の悲劇を引き受けて心理的に苦しむある家庭の人たちの物語である。一見、何事もない3人の姉妹(冬子=小笠原真理子・奈津子=国柄絵里子・春子=寺澤京香)。だがそれぞれ一人一人の中に消すことのできない傷がある。
 中でも一緒に旅行中だった両親を津波で亡くした次女の傷は深い。旧家の大きな書庫で伝来の書籍を整理する長女と3女、2女はボランテイァで被災地から今夜遅く帰る予定だ。
 この旧家の書庫の舞台装置が圧巻だ。大きな部屋の天井に届くほどの高さに造られた両袖の本棚にはギッチリと本が詰まっていて、それは正に旧家の歴史であり知の集積であり、現在の電子工学による知の集積とは別個の古いけども人間の匂いが詰め込まれた象徴でもある。
 この旧くて大きな家には市職員の寄宿人(=田邉克彦)やリホームをしている出入りの職人(=林久志・藤島和弘)人たちがいる。ある朝、そんな人たちが三々五々これからのことや今日のことなどを話している。
 震災で避難している親戚の男(=高橋淳)にしか見えない座敷童子(=永井浩仁)は旧き良きものの象徴、素麺は家族が最後の団らんの対象だった食卓の象徴、気持ちを改めて、全員で素麺を食べて新しい未来への出発だった。
 何気ない静かな日常を描きながら、深く心の底に沈潜して何時までも反芻させるような物語である。