演目 エレジー〜父の夢は舞う〜
観劇日時/11.10.18. 19:00〜21:45
劇団名/ala Collectio シリーズvol 4
作/清水邦夫 演出/西川信廣
美術/朝倉摂 照明/服部基 音響/中島直勝 
舞台監督/道場禎一
劇場名/東京 吉祥寺シアター

対人緊張症の悲劇
 高校の生物の教師だった吉村平吉(=平幹二朗)は一人暮らしであり、退
職後は凧の研究家として有名であった。
 弟の右太(=坂部文昭)は金銭的にだらしなく、兄の退職金まで使い込み、
妻子に逃げられて、記録映画のプロデユーサーをしながら、事務所の二階に
侘びしく暮らして、兄の家に入り浸り「にいちゃん」と甘え、兄もそれを許
容している。
 この古家屋は退職時に平吉が頭金を出し、息子の草平がローンを払うとい
う条件で暮らしていたのだが、息子の恋人・塩子(=山本郁子)が平吉の気
に入らず、若い二人は出ていった。
 水泳の選手だった草吉はその後、母校のコーチとして、塩子は、オールド
ミスの叔母・敏子(=角替和枝)の喫茶店でバイトしながら売れない女優と
して細々とローンを払っていた。だが突然の事故で草平は亡くなる。
 困った塩子は契約を解除しようと平吉を訪れるところから芝居は始まる。
 もともと塩子と平吉とはソリが合わないから、話は噛み合わず頑固で短気
な平吉は、塩子を門前払いしようとする。
 だが塩子も負けない。彼女も一徹なのだ。しかも彼女も対人緊張症の傾向
が強く、かつては二度もアルコール中毒症で入院した経験があるのだ。意志
の強い塩子は今は絶対に飲まない。
 なぜか平吉は、初めて深い話をした、そのとき塩子にフト仄かな同意を感
じる。平吉は性格上、こうと思ったら一直線だ。右太はそこに平吉の淡い禁
断の恋心を感じる。
 叔母・敏子と、塩子に求愛する青年医師・川崎清二(=大沢健)が登場し
て物語は輻輳を重ねて展開する。
 登場人物は全員、医師も含めて多少の差はあるが、対人緊張症によるスト
レスから来る軋轢の話である。だから観ているととても常識では考えられな
いような展開が続く。
 でも劇というものが対人関係の軋轢から展開するという基本から思うと、
それは当然なのかもしれない。それを誇張したのがこの物語なのであろう。
 もう一つ気になったのは、平もそうだし、特に坂部が大時代な決め台詞を
吐くことだ。28年前の作品といえども、現代劇にはリアルな表現とは言えな
い。だが、固定電話やレコードプレーヤーなどに当時を偲べた。
次に、前回所見の感想を紹介する。

99年3月6日   東京サザンシアター所見
 老いた父親と、その死んだ息子の妻との潜在意識下の関係を描いた作品と
して『野分立つ』と表裏をなしていると言えるかもしれない。
 20年前に書かれた清水邦夫の戯曲。清水作品としてはかなり分かり易い。
ボロ家に住む年金暮らしの年寄り(=名古屋章)は元高校の生物教師、今は
凧の研究家。50過ぎて友人の事務所に居候している弟(=安原義人)は夢破
れて今は主に企業のPR映画のプロデューサーなどをやっており、兄の細々
とした用事を手伝いながら、兄に借金したりしている。
 ここに突然死んだ息子と同棲していた売れない女優である恋人の女・塩子
(=松本典子)が現れる。このボロ家を買う時、父親が頭金を出し、生前の
息子がローンを払い、父親が死んだら譲り受ける約束をしていたのだ。一人
息子だから別にそんなことをしなくても当然実の息子にこの家は相続される
わけだから、変な約束ではあるが、この父は変人だから、そういう妙な約束
をすることによって親子関係を強くしたかったのかも知れない。
 塩子はナイーブな為に緊張しすぎて初対面の男の父親と喧嘩をした過去を
もつ。以来この二人は絶縁していたのだ。いま彼女がここを訪れたのは、こ
の奇妙なローン支払いを終わらせたかったからである。
 しかしこの局面は、弟(女にとっては叔父さんになったかもしれない人物)
の介入によって意外な展開をする。なぜか父親は、この強情とも言える塩子
に思いがけないシンパシーを持つ。塩子もこの父親の胸の内を感ずる内に仄
かな暖かみを持つ。
 やがて身寄りもなく収入も少ない塩子は、恋人であった死んだ息子の権利
を受け継ぐと、しっかり者である母の妹(=黒木里美)に援助を求める。す
っかりその気になった叔母は、塩子に好意をもち再婚も考えている遠縁の医
者(=磯部勉)を連れて、叔父の手引きによって父親の留守にこの家を訪れ
る。ところが、一行は、突然の父親の帰宅に大騒動になっていく。
 最後に精神を病む塩子は禁断のアルコールを手にして自ら死んでいく。
―父の夢は舞う―というサブタイトルである。繋がろうとして繋がり得ない
現代人の寂しい優しさを描いた一篇であり、頑固で仄かな優しさを見せる名
古屋章が存在感充分で魅力的、コメディリリーフの安原義人が秀逸。
 塩子は多分40歳くらい、松本典子は63歳だと思うが時に年齢を感じさせて
辛い役回りであった。
『観劇片々』第4号刊・所載

註=『野分立つ』とは、この10日前に観た、文学座公演の川ア照代・作、
藤原一平・演出の舞台劇であり、古い一軒家に住む年金暮らしの老人と、
その死んだ息子の妻と彼らの家族との話で偶然だが、『エレジー』と設定
がとても似ているのだ。