演目 冬の日に共に想う
観劇日時/11.4.24.
劇団名/座・れら
公演形態/ピーエスプロジェクト2011 4月公演
脚本/「座・れら」文芸部 演出/戸塚直人・竹江維子
照明/伊藤勝敏・鈴木静吾・遠山洋魅 音響/佐々木雅康 
衣装/玉置陽香 小道具/前田透 大道具/17名
制作/青木通子・大内絵美子・堀裕幸・鈴木三喜夫・ぐるーぷえるむの森
メイク/竹江維子 ちらし画/大内里絵子 
道具協力/高田久男
監修/鈴木喜三夫
声/前田菜津子
場名/札幌市こどもの劇場・やまびこ座


現実の日本の一つの象徴
 大きな家の無人のリビングらしいのだが、まるで無精な若者の部
屋のように猛烈に雑然と散らかっている。
 一人の中年の男・及川美弘(=寺沢英幸)が大きな黒カバンを提
げておそるおそるという感じで入ってくる。だが彼は不審者ではな
いらしい。辺りを見回し何となく落ち込んだ感じで「ただいま」と
呟く。
 そこへ全身真っ白で不審な若い男(=信山E紘希)が入ってくる。
中年男は、まるで犬でも追うように彼を追い出すが、別に咎める風
でもない。後で分かるのだが、この男は重要な役割を持つ野良犬の
ハクだったのだ。
 美弘の妻・ハナエが亡くなって三回忌が済んだところらしい。美
弘は勤務医だが、仕事でこの法要も欠席したらしい。妻の死後すっ
かり精気を失って、今日、辞表を出したようだ。
 息子の大樹(=前田透)はエリートサラリーマンだったが、人間
関係が上手くいかず、退職して自宅に引きこもり、何となく家事を
引き受けているらしい。
 娘の美波(=玉置陽香)は高校生だが、幼い男の子のようにわが
ままいっぱいに振る舞い、兄・大樹を雇い人のようにこき使うが、
ちょっと常識外れのように兄は妹を腫れ物に触るように仕えている。
 美弘の母・ちよ(=竹江維子)は今日、家事を手伝っているのだ
が、強気の彼女にしても、この壊れた家族の力になれないことを悩
んでいる。それどころか山本富夫(=澤口謙)という気の合う老年
が遠慮がちに訪ねて来るのを歓迎する。
 美弘は妻の仏壇を自室に移して閉じこもる。ことほどさように、
この平凡な中流家族の全員は、妻であり母であり嫁であるハナエを
失ってから常軌を外れて混沌と救いのないような状態になっていた。
 みんな弱い心と、一番大切な人を無くしたショックから、三回忌
を過ぎても立ち直れないどころかその喪失感はますます強くなる一
方なのだ。
 ここでまでで分かるとおり、この状況は現実の日本で起きている、
東日本大震災の被害に遭った人たちの状況の象徴でもある。荒れ果
てた居間は地震と津波の被害に遭った家屋だ。
 唯一、野良犬のハクと心の通じるらしい美波はハクに癒されてい
るらしい。
 ハナエは高校の国語の先生であった。卒業生の教え子・石野(=
大内絵美子)は強い薫陶を受けた故人の霊前にお参りするために来
るのだが、彼女は極端な犬嫌いで、玄関先のハクに吠えられて持参
のケーキがグチャグチャになってしまう。
 脅え切った彼女は3度も4度もケーキを持って訪れる。その場面
はオーバーではあるが、彼女の真摯な心境は暖かいものをもたらす、
被災地援助のボランテイァのような気もする。
 そして美波は、ハクによって新しく前へと歩みだす強い心を持ち
直す力を得る。野良犬ハクは人々にとって心の平静を促す、精神的
拠りどころのようなものであろうか? 
 山本の老体を気遣って荷物の運搬を手伝う朗らかなタクシーの運
転手(=西野輝明)も、被災地援助のボランテイァのような存在の、
ほのかな暖かみを感じる。
 そして山本老人は、広大な屋敷である当家にちよと同居し、やは
り人間関係の築きにくい石野も一室を与えられ、同居することにな
る。
 美弘はやっと立ち直る気配を見せる。そして家族は徐々に平穏に
向かって進んでいくだろう。東日本もそうあってほしいという願い
のようなものを感じられる舞台であった。
 ただ東日本で今、一番厄介でもあり大きな問題を残す原発の象徴
となるものが表現されていないようなのが、何か喉に棘が残された
ような感じがして心残りではあった。
 美波が新しい一歩を踏み出すキッカケが余りにも簡単すぎると思
われるのだが、いっそ美波の存在を変えてみたらどうなるだろうか?
 たとえば彼女は優等生で家族の期待であったが、そのために増長
して手が付けられなくなり、母の死に遭って暴走するという風に…
…すると原発のアレゴリーにならないか?そこまでこの舞台に求め
るのはお門違いなのであろうか?
 ベテランと中堅、さらに若い人たちのアンサンブルが上手く噛み
合って層の厚い、ただアンネ役に徹した感のある小沼なつきの出演
が無いのが寂しいが、いかにも『座・れら』らしい魅力的な舞台を
創っていたのが印象的であった。