Dr.の去る足音は冷たかった。 3万人の中のふたりにすぎないもんね…… 11月の寒空の下、公園は私と和江のふたりだけだ。 和江はいつも通り、世界の終りの中にいるような不安な表情だ。 「私が死んだら……」 もう、そのあとのセリフは聞きたくない。 いつもだ。私は和江が病気なのかはわからない。ただ、いつも 被害者意識でいることには腹が立つ。和江の唯一のトモダチだ ろう私に、怒りともとれる悲愴心を投げかけ続ける。 私は何度「死にたければ死ねば?」と言いかけただろう。でも 私はひたすら和江の愚痴を聞いた。 和江は悲観してばかりいるからイジメも絶えないんだ。 和江の愚痴はまるで何世代にもわたりつづく怨念に満ちた、家 族や社会に対する壮大なものだった。 和江が傷ついているのなら、手当てが必要だろう。でも、中学 生の私が病院に連れて行くための勇気もお金もない。どこの病 院に連れて行けばいいのかだってわからない。 「私なんて生まれてこなければよかった」 和江はそう言い、涙さえ忘れて途方にくれた。 Dr.が去ったあとの病院は冷たかった。 病室が「死んだのなら早くでていってくれ。次の患者が待って いるから」そう言っているようだ。 ……和江は今までこんな気持ちだったの? ● 自殺 日本では年間3万人を超える。 それは、自殺という殺人であり、大きな戦争での戦死犠牲 者とほとんど同じ数である。