演目 高橋いさを 2作品同時上演
観劇日時/10.7.18.
劇団名/演劇集団・森組
作/高橋いさを 脚色・演出/森昌之 照明/岩ヲ脩一
音響/岩井英司・福島由惟 舞台監督/大崎直樹
制作/劇団員9名
劇場名/北海道・滝川市・たきかわホール
高橋いさをという劇作家には強烈な印象がある。91年6月に、今はない東京・新
宿・シアタートップスで『ショーマ』という劇団が上演した『極楽トンボの終
わらない明日』という芝居を観たことだ。もちろん作者は高橋いさをである。
その強烈な印象が今も残っているのだが、今日の舞台はすごく違っていたので
戸惑った。もしかして同名異人じゃないかと思って調べてみたのだが、正確に
は判らないが、インターネットの資料から判断して、どうも同一人物のようだ。
そのときの観劇記を読み返してみたのだが、微に入り細に渉って賞賛している。
そのすべてを引用したいのだが可成り長くなるので要点だけを紹介する。
「自由を求めて体制から脱出しようとする人たちを、大幅な自由を認めている
進歩的な刑務所からの囚人の脱獄劇という物語に置き換えて、過激にしかもこ
んがらがった爆笑劇として演じられた。ラストシーンの三段返しも娯楽劇とし
て実に見事だ。」と書いてある(同人雑誌「風化」第82号91年8月発刊)。
だから高橋いさをは過激な反体制の社会派的娯楽劇だという思いが強く、今日
の舞台の静かな室内心理劇に強い違和感を覚えたのだった。本当にこれはあの
高橋いさをなの?

演目1  一日だけの恋人

即席恋人たちの微妙な交流
事情があって一日だけの恋人役を依頼する玲子(=木村美貴)。バイトで雇わ
れるフリーターの剛(=鎌田心)。
玲子の親代わりの兄に挨拶する紳士としての婚約者の役だが、剛は自由人だか
らなかなか噛み合わない。その面白さが展開されるのだが、創り方が真面目で
平板なので苦しい。
一方、恋人役を演じる二人の微妙な心の交流の変化は丁寧に描かれているのだ
が、やはり些細な小物語の域を出ないから存在感が薄いようだ。
演目2  愛を探して 〜植木屋さん、愛のインタビュー

演劇とは何か?
スナックバーを舞台に、常連の植木屋である客(=前谷尚武)がスナックの客
の人間ウオッチをして、その「愛」に関する語録をインタビューしてフアイル
にする。ウエイトレスは(=福島由惟)。
そして別の常連の男女カップル(=渋谷沙里・井上雅晴)の、友人以上恋人以
下の関係を、フアイルした沢山の語録を背景に進行状況を見せる。
このカップルは、様々な曲折を経て、愛が深まるようにも見えるのだ。
男女の愛の形の変化を丁寧に描いてみせるのだが、劇的には何も起こらない。
静かに変化する様相を描くだけだ。
特に「愛」に関する常連客の語録をフアイルを読みながら語る植木屋の客は綺
麗に読もうとする意識が強く、カウンターに陣取って時々観客に向かって立ち
上がり、静かに様々な変哲もない「愛」の定義を淡々と読むだけだから劇とは
全く絡まずに退屈する。
本当にこれがあの高橋いさをなのかと何度も自問自答して疑ってみる。今だっ
て100%信じているわけじゃない。
サロン風の無害な大人の遊びといったら言い過ぎだろうか? 少なくても僕の思
う演劇とはかなり違った舞台であったのだ。だが、前回に観たときよりは、大
幅に演技力がレベルアップしたことは認める。
だが演劇というものが端整な表現によって何かを表わすというよりは、生身の
人間の存在そのものの事実を提供するという演劇も現代的だ。むしろ僕はそち
らの生臭い表現を支持したいのだ。
ウエイトレス役の福島由惟は、ほとんど動きがなく、カップルが来る度に出て
サービスするだけで、どういう意味があるのか分らない。雰囲気を作っている
だけだとしたら勿体ない話である。