演目 他人の手
観劇日時/10.7.14.
劇団名/シアター・ラグ・203
作・演出/村松幹男 音楽・音響/今井大蛇丸
照明/柳川友希 宣伝美術/久保田さゆり
制作/Theater・ラグ・203
劇場名/ラグリグラ劇場

閉塞社会の象徴としてのある女の生き方
短大を出て零細な縫製工場の縫子として働く、もう若くはない女性(=瀬戸睦
代)は暗い女だ。何の楽しみもなくひたすら工場のミシンに向かう毎日。
たった一つの楽しみは昼休みに近くのビルの屋上で鳩に餌をやるだけという現
実には考えられないほどの超地味な日々である。しかも屋上から下を眺めてい
ると歩道に穴が開いて、その穴に引き込まれるような気持ちがする。
工場では決して怠けている訳じゃないのに縫製がねじれていると叱責されて落
ち込む。彼女の無意識の暗い被害妄想かもしれないし、深層心理の象徴かもし
れない。
一方、彼女は手の効能や、その手を持つ人の人柄や才能までも考えているらし
い。時に応じて研究者のような衣装で登場し、解説する。そして手の使えない
対象があるということをも……それはおそらく人の心であろう。
ある日、彼女の部屋の押入から、元・恋人の死後2週間経過という腐乱死体が
発見され、刑事(=村松幹男)の峻烈な尋問を受ける。
刑事の「真実を知りたいだけ」という問いに対して、彼女は生い立ちを語りは
じめ問答は噛み合わない。でも彼女にとっての真実とはそこから始まると愚直
に信じているのだ。
元・恋人(=平井伸之)はバツイチの男で、昼休みの屋上で偶然に出会った。
彼女にとって初めての男であり、最初は対応もぎこちなかったが、やがて彼女
は輝いてきたし、周りとの交友も出来るようになって世界が変わった。
しかし男が初めて彼女の部屋を訪れたとき、酔って身体を求めたのを女は激し
く拒否し、二人は気まずく別れた。その経過が克明に描かれる。
捜査の結果、彼女は研修で2週間留守だったことが判明し疑惑は晴れる。前回
観た時には、このアリバイがこんなに後になって分かるのは不自然だと感じた
のだが、今回はすんなりと納得できたのは、おそらく演技者たちにリアリティ
があったからだろうか。
別れたあと、彼女に未練を残した男が彼女を追いかけ、男を慕う別の女が嫉妬
から男を殺害し、彼女の犯行に見せかけたのが真相だという多少ご都合主義的
な結末だが、それはこの際、深い意味はないであろう。
瀬戸睦代は最初、手の説明をするとき、舌足らずな、いわゆる粒立たない不明
瞭な言語発声が気になったのだが、話が進むにつれて逆にそれがこの女の特性
であるかのような気がしてきたのだ。技巧的に巧く表現するばかりが演劇では
ないということであろうか。
そして暗い地味な女が男と知り合って、どんどん輝いてくる過程が巧く表現さ
れていたのが印象的であった。
最後に女が切り取った男の腕をホルマリン漬けにして愛撫 するのは、もう既
に「他人の手」なのだが、きっと彼女の尽きせぬ想いであり妄想であろう。現
実には彼女が男の死を知ったのは、腐乱して既に警察の管轄下に置かれていた
後だから、彼女が自由にすることは到底出来ないはずだからだ。