後 記
演劇祭             10年7月10日
各地で演劇祭が盛んに催されている。そのこと自体は大変に結構なことだと思
う。余りに多いとすべてを観切れないという焦慮が残るが、それは贅沢な悩み
とも言える。
えてして見逃した舞台に秀作があったらしいということも経験上少なくないの
だが……そんなことを言い出すと物理的に観劇が不可能な場所で上演されてい
る舞台はどうなるんだということになってしまう。
ところで、数ある演劇祭の中には、舞台装置などを限定して同じ設定で芝居を
創るというものもある。人によってはある特定の制限があった方が創り易いと
いう利点があるということは理解できるのだが、逆になぜその設定で芝居が展
開されているのか分らないという舞台も散見するのである。
単に制作費を抑えるためというのでは怠慢でしかないと思うのは、冷た過ぎる
観客の我侭であろうか?
観客は、設定がどうあれ単純に良い舞台を観たいというのがすべてなのだ。そ
の場所を選んだ意味が判らずに、無理に縛られているような舞台を観るのは寂
しいのだ。



井上ひさしの残したもの    
井上ひさしが僕と同年齢で亡くなってから、もう3ヶ月も経った。才能と力の
ある人は早世する。
それからしばらくは新聞や雑誌に様々な業績や思想が紹介されてきた。それを
せめて管見に入ったものだけでも整理・記録したいと思っていたのだが、中々
出来なくて切抜きが溜まる一方だったのだが、やっとここでそれらの紹介記事
の要点を抜粋して整理しようと思う。



座・高円寺「化粧」         5月7日 
		朝日新聞   演劇評論家・大笹吉雄
―「一人芝居」という名称は市民権を得ておらず、「モノドラマ」と呼ばれて
異端視されていた。それが「化粧」の成功以来、「一人芝居」というスタイル
が演劇界の表通りに進出した。



吉里吉里人 芯に憲法 改憲派の狙い 知って    5月19日
		朝日新聞  憲法学者・樋口陽一=東大名誉教授(高校時代の同級生)
―彼(井上ひさし)は「思想が作品に顔を出すなんてまっぴら」だと言ってい
たが、でも彼独特の奇想天外な趣向に彩られた芯には憲法という主題があった。
彼との共通点は「暖かなサロンで理想の憲法を論じ合っているのではない。厳
しい現実の政治に関わる問題なのです」。そして彼の作品は「人間のダメな部
分を描きながら最後に希望を示す。」―



遅筆という仕組みの産物      月日不明
		朝日新聞  大江健三郎(作家)
―あれだけの才能に、早く書けないはずはありません。彼は扱う主題の深化と
喜劇化の徹底に、むしろ積極的な必然性として、遅く書く仕組みを自分に課し
たのではないか?
彼は劇作りの仕上げに徹底しましたが、信条を若い人に直接手渡すような朗読
劇も残しています。「いのちのあるあいだは、正気でいないけん。おまえたち
にゃーことあるごとに狂った号令を出すやつらと正面から向き合うという務め
がまだのこっとるんじゃけえ」―    


          
井上の信念 問い続けた戦争責任  6月11日 
		朝日新聞 「東京裁判3部作」新国立劇場  山口宏子
―過去を学ばなければ、よりよい明日を選び取ることはできない。そんな信念
が力強く、愉快に観客に手渡される。
「自分という主語に責任と覚悟を持って、国について考えていかねば。」ここ
に3部作のテーマが焦点を結ぶ。―
 連続上演の最後に、戯曲に手を加えない栗山が珍しく「裂け目」のエピロー
 グと同じ歌による小さな場面を作った。
「劇場は夢を見るなつかしい揺りかご その夢の真実を…… その夢の裂け目
を…… 泪を…… 痂を考えるところ」



井上ひさしの死と鎮魂歌      7月2日
		北海道新聞  沼野充義
―「正しさ」と「可笑しさ」は、日本的純文学の世界ではどちらも高く評価さ
れないことが多いのだが、井上文学の真骨頂は、その二つを幸福に結びつけた
ことにある」―



お別れの会―弔辞要旨        7月3日
		朝日新聞	 丸谷才一
―平野謙は1930年代初頭の日本文学について芸術派と私小説とプロレタリ
ア文学が並び立っていると見た。この図式は現在にもあてはまるのではないか。
芸術派にあたるのはモダニズム文学で、代表は村上春樹の、アメリカの批評用
語でいえばロマンスでしょう。私小説は、作者身辺の事情に好んで材を取ると
いう意味で大江健三郎ではないか。そしてプロレタリア文学を受け継ぐ最上の
文学者は、井上ひさしに他ならない。その志は一貫して権力に対する反逆であ
り、常に弱い者の味方であった。―
大江健三郎
最後の小説『一週間』について、―たった一人の闘いは、作者一流の奇想を武
器として、極東赤軍を追い詰めるかのようです。(略)人間が辱められてはな
らず、人間を辱めてもならぬという確信。―
栗山民也
―一つの解答などないからペンをとる。(略)答えを求めるためにではなく、
問い続けるために書いてこられたんですね。(略)「フツーの人間たちのフツ
ーの生活」を描いた物語です。(略)一字一句間違わぬように伝えていきます。
その笑いは、どんなに苦しくつらい時でも、誰もが元気に生きていけるのだと
いう明るい勇気と覚悟を与えてくださった―



井上さんが遺した批判       7月20日
		朝日新聞    大江健三郎
私小説派の大江に対して、プロレタリア文学の井上が、「(大江さんは)抑圧
的にアカリさんを侮辱したままだ」という批判に対する応答だが、これは非常
に長くなるので割愛する。



暴力への問いとユーモア 高い評価  7月27日
		朝日新聞	『ムサシ』英米公演   山口宏子
―「報復の連鎖を断ち切る」主題は「9・11」以来の特に米国への批判がある。―


          ☆
          
まだまだたくさんあるのだが書ききれないのが残念である。
気になる書籍も多量にあるが、『修羅の棲む家』『井上ひさし全選評』の2冊
は早急に読まねばならない。
それほど偉大な存在だったのだが、続いて同じ劇作家であり演出家でもあった
つかこうへい氏が、異常に若くして正に文字通り早世した……



この期に観たその他の舞台

☆ 『服部実穂の逆襲』Msssive 4tsp 4月3日 ZOO
☆ 『虚苑』 深想逢嘘 4月4日 ZOO
☆ 『上等少女!!』 亀吉社中 6月27日 ZOO
☆ 『FREE』 セブンスロバ 6月27日 ZOO  
☆ 『らんぐらんぐ』 ラングラング 6月27日 マルチスペースF