2008年10月
演 目
愛しい髪 やさしい右手
観劇日時/08.10.8.
劇団名/海市―工房
公演回数/第18回公演
作/しゅう史奈 演出/小松幸作 美術/吉野章弘 
照明/村上秀樹 照明オペレーター/柳本友紀 
音響/熊野大輔 音響オペレーター/益川幸子
宣伝美術/草間めぐみ 舞台監督/高木俊介・伊藤智史 
制作/井上麻美・藤原美紀 海市―工房制作部
劇場名/東京・下北沢・「劇」小劇場

傷つける優しさ

 念願叶って小さな出版社の編集長になった山村英太郎(=小松幸作)には、作家を目指す最愛の妻・千尋(=松岡洋子・風琴工房 所属)がいた。だが千尋は最初に彼女を抜擢した山村に対して感謝はしていたが、一方で千尋は自分の才能に深く絶望していた。
彼はその心境を知りながら、慰め励ますつもりで彼女に期待する激励を続ける。その重荷に耐えられず、ついに彼女は狂気の末に自死する。
作者は「創と創、つまり創ることは創(キズ)を付けること」であると言い、演出者は、「愛と才能を巡る物語」だと述べている。
僕の観た感想は、「過剰な優しさは逆に相手を苦しめる」というものであった。つまり「創は創」であるが、この山村という男は思慮が浅いという感じだ。
この主筋に、この雑誌がアイドル歌手・緑川梨紗(=久保明美)の自作歌詞が盗作の疑いがあると報道したことによる裁判と緑川の自殺騒動、大手出版社に才能を見い出されたバイトの編集助手(=奈良井志摩)と若手編集者(=橋本拓也)の恋愛、この編集部のバイト募集に不合格になった緑川のフアンクラブ会員(=鈴木達也)の編集部不法侵入事件の顛末、緑川の盗作をチクッたが、証拠がない女の子たち(=ながえき未知・山口瑠璃)の無責任なエピソード、などが絡み複雑に展開する。
特に分かりづらいのは、時間が前後するのと、被害妄想の女(=柳沢麻杜花)が何度も現れて山村を襲おうとするシーン、これも頻発する千尋の幽霊が山村を悩ますシーン、さらに緑川の亡霊が何度も山村を問い詰めるシーンなど、これらは山村の妄想なのだろうが、それは後で判ったことで、リアルタイムで観ているときには混乱する。
これらの入り組んだ話を纏めて進行させるのは、ベテラン編集者の上原慧子(=境ゆう子)である。しかし妄想の幽霊たちが現れるシーンでは、こちらにとっては理不尽な、でも彼らにとっては正当な出現に背筋が寒くなったのは本当である。
それが生身の人間の演じるライブとしての演劇の最大の魅力であり、僕が演劇を追っかけてやまない一番大きな理由であると思われる。