演 目
ドライビング・ミス・デイジー
観劇日時/08.9.16.
劇団名/劇団 民芸+無名塾 公演
作/アルフレッド・ウーリー 訳・演出/丹野郁弓
装置/松井るみ 照明/沢田祐二 音楽/池辺晋一郎
衣装/緒方規矩子 効果/岩田直行 舞台監督/中島裕一郎
旭川劇場9月例会
劇場名/旭川市公会堂

人種問題に限定されない人間の関係性

 教師を退職したユダヤ人で高齢の未亡人・デイジー(=奈良岡朋子)は、高齢のために車の車庫入れを誤り、高級車を大破させる。身体には問題はなかったが、心配した実業家の息子・ブーリー(=本日は千葉茂則―ダブルで長森雅人)は、これも同じ高齢世代の黒人の運転手・ホーク(=仲代達矢)を紹介する。
頑固なデイジーは、息子のそういう配慮が鬱陶しい。始めはホークを無視するが、無学文盲で気のいいホークは気に懸けない。高齢で就職口のなかった彼は、むしろ高給のこの仕事が気に入っている。
やがて頑固者同士は、いくつかのささやかな場面を通して徐々に心を通じていく。その過程が微笑ましい。
ユダヤ人対黒人の対立も激しい論争を呼ぶが、逆にそのことによって意外にも心が通じていく様が描かれる。
そういう展開を、下手(しもて)にデイジーのダイニング、中央奥にブーリーの事務所、そして上手(かみて)に車の運転席を配して、そのほかにも小さなセットが場に応じて出され、映画のようにクルクルとシーンが変わって演じられる。
この芝居の設定は、一昨日に観た『6週間のダンスレッスン』に酷似している。それは教師を退職した資産家の未亡人がダンスのインストラクターの出前指導を依頼するが、最初お互いにぎこちなく、何のために依頼したのか分らないほどだが、徐々に打ち解けて心が通うという話である。
ところが、この『6週間のダンスレッスン』の話はちっとも弾まない。何故だろうか? この未亡人は心の隠し方が屈折しすぎて本心が分らな過ぎるが、相手のインストラクターが余りにも自分勝手過ぎるような感じだし、二人の演技が型通りに動いているようでリアリテイが感じられなかったことなどが考えられる。
それに反してこの『ドライビング・ミス・デイジー』は率直で分りやすく素直に感情移入が出来る。仲代も奈良岡も外形的な演技に拘っているが、それが巧いために嘘臭くないのが良いのだろう。
それにユダヤ人・黒人という、社会性が大きなインパクトを占めているのも力があった一因であろうか?
ともあれ、同じ時期に観た二つの同じような舞台が、これだけ違ったものに感じられ、それもこれだけプラスマイナスがはっきりと分かれたのも珍しい現象であった。これまでにも経験した現象ではあるのだが……