演 目
檸檬/蜜柑
観劇日時/08.2.17.
劇団名/弘前劇場
公演回数/2008年公演
作・演出/長谷川孝治 舞台監督/野村眞仁
照明/中村昭一郎 装置/鈴木徳人 
舞台美術・音響/石橋はな 
宣伝美術/デザイン工房エスパス 制作/弘前劇場
助成/文化庁
劇場名/シアターZOO

形而上的雑談

 ある地方都市の古本屋の一室、ビリヤードのある部屋。バーコーナーがあり、椅子が何脚か置かれ、様々な人たちが訪れ、談笑し酒を飲みビリヤードを競う。
地方新聞の女性記者・天童美子(=青海衣央里)とデリヘル嬢の武田奈美(=小笠原真理子)は仲が良い。大学の哲学講師の若い女性・宮たすく(=浜野有希)と偶然にここで出会った、その学生・出口俊彦(=林久志)。
この店の地下にある家主の八百屋の夫婦(=永井浩仁・乗田夏子)はまるで外国語のように観客にも聞き取り不明の東北弁を操る。この店を管理している若い男・大谷亨(=山田百次)、雇われマスター野口健一(=福士賢治)は全共闘の世代。昔の友人・桂木(=長谷川等)が尋ねて来る。
野口の妻はかつて桂木の同志だが、野口はビリヤードばかりやっていたノンポリだったらしい。野口の娘・君子(=工藤早希子)は小学校の管理栄養士。
これらの雑多な人たちが語る雑談の内容は、かなりハイグレードだ。普通の世間話の域をはるかに超えている。例えば「量が一定の枠を超えると質が変化し、それが閾値である」とか、ほとんど哲学的な話題だ。
だから哲学の先生と学生を登場させたのか、だが実はその先生も失恋からアルコール中毒になり入院加療した経験を持っている。
こんな人たちの極めつけは、糖尿病患者である八百屋のオヤジが医学博士の資格を持っているという話、これは本人が言うわけじゃなく、ここに集まる人たちの話題だが、冗談のようにも受け取れかねないが、誰かの言うごとく「医学博士が何で八百屋をやっているんだ」というごとく結構嘘っぽく逆に在り得るかもしれない設定。
これも世上の人たちが案外に知られない裏側を持っているかも知れないという意味ではまるきり荒唐無稽の設定でもなさそうだ。
弘前劇場の長谷川孝治戯曲は、登場人物たちの裏側のドラマが見え難いと思ってきたが、今回はそれが推測される描写が良く表わされているようであった。
だが雑談の内容が高尚過ぎてリアリティに欠けると思われるのだが、それを感じさせない演技者たちのナチュラルさが巧い。
マスターの野口は、娘の君子が公務員になった四年前、学生時代に政治運動で投獄の過去を持つ妻を病死したと偽って離婚・別居していたのを、かつての友人・桂木が尋ねて来たことからその事実を君子に打ち明ける。この過程の謎めいた推移をミステリー・タッチで描き出す。
だが娘はすでに知っていた。迎えに行く野口、残った記者とデリヘリ嬢に、腕を活かして鍋焼きうどんを作る君子。出来立ての熱々のうどんを夢中で啜る二人。
これこそが生きている証とばかりに無言で食べまくる二人。本物の美味そうな匂いが劇場中に漂って幕、そういえば『冬の入口』も二人が夢中で弁当を食うシーンで幕であった。
全編、常に誰かがビリヤードをしているのが邪魔でもあり象徴的でもあるような気がした。
その他に、平間宏忠が出演。