演 目
紙屋町さくらホテル
観劇日時/07.2.20
劇団名/こまつ座
公演回数/第82回公演
作/井上ひさし
演出/鵜山仁
方言指導/大原穣子
宣伝美術/和田誠
演出助手/宮越洋子
舞台監督/加藤高
制作/井上都・谷口泰寛
劇場/旭川市民文化会館

演劇の魔力

 広島に原爆が落とされた3ヶ月前の、1945年5月広島市内「さくらホテル」。当時、人気絶頂だった新劇の団十郎こと丸山定夫(=木場勝己)と宝塚出身の新劇俳優・園井恵子(=森奈みはる)。二人はここを定宿として二人だけの移動演劇隊「さくら隊」を結成している。芸人たちを傷痍軍人や工場などを慰問する、そういう移動演劇隊が全国に展開されていたのだ。
人数が足りないので、素人の参加者を募集している最中だ。ホテルの名義人・浦沢玲子(=前田涼子)、実質上の経営者・神宮淳子(=中川安奈)は日系アメリカ人のために名義人にはなれない。ピアノの巧い熊田正子(=栗田桃子)、言語学の教授で学生が居なくなったために方言研究に地方を回っている大島輝彦(=久保酎吉)らが参加させられてレッスンを受けている。
天皇の直接密使として、戦争遂行の可能性を探るために全国巡回の売薬販売人に扮している海軍大将・長谷川清(=辻満長)は、偶然このホテルに寄宿する。
その意図を探り制止させる役目をもって、長谷川を付ける、傷痍軍人と自称する陸軍大尉・針生武夫(=河野洋一郎)、さらに神宮を密着監視する役目をもってこのホテルに入り込む特高刑事・戸倉八郎(=大原康裕)。
この様々な階層を網羅する9人が、それぞれの身分を隠したりぶつけたりしながら、徐々に演劇の魅力に取り込まれていく……もちろん男たちには秘密の役目が厳としてあるから、中々すんなりとは入り込めない。
だが単純な戸倉は、反発も大きいが入り込むと才能を発揮したりする。そこに理屈では割り切れない演劇の面白さ、不思議な魅力があることが語られる。「乞食と役者は三日やったら辞められない」という俗説の真髄であろうか。
この「権力」と「自由人としての演劇人」とのバトルと、演劇の持つ魅力に惹き込まれていき、遂にその魔力に取り込まれていく展開は、三谷幸喜の傑作戯曲『笑いの大学』に共通するモチーフと魅力がある。
もちろんこの芝居の本質的な核心は、戦争のもつ破壊的な人間心情崩壊の恐ろしさであり、直接に原爆の恐ろしさ、被害の悲惨さを表現したものではないけれども、演劇のもつ自由な楽しさ悦びを表しつつ静かに怖さを感じさせられる3時間であったのだ。