演 目
酔っ払いと椅子と宇宙人と
観劇日時/06.8.2
劇団名/Teater・ラグ・203
公演回数/Wednesday Theater第17弾
作・演出/村松幹男 
音楽/今井大蛇丸
音響オペ/湯澤美寿々 
照明オペ/柳川友希
宣伝美術/久保田さゆり
劇場/ラグリグラ劇場

珍しいハッピーエンド

 村松戯曲の幅の広さ(題材の豊富さ)と奥行きの深さ(同じ芝居も見るたびに新しい発見がある)に魅せられて、ラグリグラ劇場に通っているわけだが、今回もその期待を裏切らなかった。今日は題材の新鮮さと、演劇的な処理の巧さが中心だったが……
舞台はある都会の片隅にある平凡な小公園。ある夜の10時、一人の酔っ払いのサラリーマン(=平井伸之)が、何時ものように自宅近くの心休まるこの公園へたどり着く。
彼にはこの公園のベンチが一番気持ちの落ち着く場所であるようだ。フラフラしながらベンチに座って、充たされない今の自分の状況を愚痴る。しかしその口調は必ずしも悲観的ではない。むしろ自分の今ある位置を確認しているような達観さえ感じさせる。
酔ってベンチに寝込んで目覚めると、なぜか自分の座っているベンチの横に、昔の小学校の教室にあったような粗末な木製の椅子が置いてある。
彼は突然、その椅子に人格を感じる。そしていつも人間の尻の下に敷かれて黙々としているこの椅子に対して、自分と同じ境遇を感じ、この椅子に強烈なアイデンテティまで感じてしまう。
また酔って寝込み、再び目覚めると椅子は2個に増え、さらに3個に増える。イヨネスコの『椅子』のパロディ。
次に目覚めると、何故か宇宙人の女(=伊東笑美子)が居る。彼女は、この世の会社や家族その他すべてのしがらみを棄て、自分の故郷である宇宙の彼方の星の世界へ行こうと誘う。
彼は少年時代からの宇宙フアンであり、誘いは魅力的だ。しかし彼は仕事も家族も大事に思っている。その気になりながら、しかし踏み切れない男……だが遂に女に魅せられたように新しい世界に飛び出す男。
次に目覚めると男はやっぱり、このお気に入りの公園のベンチで酔い潰れてうたた寝をしているのだった。
椅子の上に自分の免許証の写真を飾り、火をつけたタバコを線香代わりに立てて、自分を弔うシーンは面白いアイデァ。劇団TPSの『冬のバイエル』のピアノ葬のシーンを凌駕する印象的な場面。
彼の見た、自分の現実を象徴する椅子たち、彼の見果てぬ夢の象徴である宇宙人、この二つの現象は、うたた寝の間に見た男の夢か、妄想か? 
印象的だったのは、ラストに出る男の妻(=高橋久美子)。駅からの電話から1時間も経つのに帰宅しない夫を案じて迎えにきたというシーン。現状肯定・未来志向の柔らかい暖かい場面。ここでのこの妻の存在がこの芝居を決定する。
ラストに目覚めた男のベンチの横に何気なく座っている妻の存在を認めた安心感・安定感がすべてを語る。そして僅かな出番でそれをスーッと引き受けたこの女優の存在感……
村松戯曲は、20世紀から21世紀への世界・地球の存在への?を問い掛ける問題意識がメインテーマなのだが、いつもその性急性に納得のいかないもどかしさを感じていたのだが、今日の舞台はゆったりたっぷりと生きる、充足されない人生もまた良いんじゃないかという、いわゆるハートウオーミングな世界がラストシーンに収斂されて、『E・T』を思い起こさせる一夜であった。