演 目
東京原子核クラブ
観劇日時/06.7.8
劇団名/俳優座プロデュース
公演回数/72
作/マキノノゾミ
演出/宮田慶子
美術/横田あつみ
明/中川隆一
音響/高橋巌
衣装/半田悦子 
舞台監督/上村利幸 
演出助手/道場禎一
劇場/俳優座劇場

暗い時代の科学者の生き方

 ノーベル物理学賞の朝永振一郎の、この舞台での役名は友田晋一郎(=田中荘太郎)で、その若き日の物語。と言っても必ずしも事実そのままではなく、おそらくたくさんのフィクションが仕組まれていると思われる。
朝永博士は研究一辺倒の人ではあるが人情味の人でもある。勤務先の近所にある下宿屋が舞台で同僚の先輩や後輩、野球少年の偽東大生、しょっちゅう怪しい仕事を転々とする女(=西山水木)、ダンスホールのピアノ弾きで博打打ちの遊び人(=千葉哲也)、治安維持法で逮捕された劇作家などの同居者たち、大家の老人(=坂口芳貞)と化学者でありながらこの下宿の飯炊きをやっている大家の娘(=小飯塚桐子)。尋ねて来る海軍士官、研究所の博士(=山本龍二)、本物の東大野球部の学生などが織りなす人情喜劇。時代は戦争に向かっており物理の研究も原爆の開発に向かわさせられる。
博士が原爆研究を止めなかったのは、科学者としての宿命であると同時に若い研究者を戦地に出したくなかったからでもあった。やがて敗戦、母屋と下宿の半分が焼け残った所へ生き残った人たちが次々に戻ってくる。
戦死した海軍士官にほのかな想いを抱いていた下宿屋の娘は、その士官が原爆開発の任務を負っていたことを疑い被曝した広島や長崎の人たちに申し訳ないと思う。
朝永は、自分は広島・長崎の原爆投下を聞いたとき、先を越されたと思ったと正直に告白する。先輩は肉体労働とも言える実験専門だし、後輩は理論と言っても計算専門だ。自分は原爆開発の先頭にいた。エリートであると同時に一番悪魔に近い所に居たことになる。それは宿命であると同時に歴史の必然でもある。
最後に残った者たちが化学アルコールで酒盛をしている所へ、落ちぶれた女が辿り着いて幕。
戦中の場面から一旦、最初の場面に戻って要所要所をフラッシュバックのように再現するので、歴史の転換期の岐路を反省してみる意図も垣間見える。
全体にオーバーアクション気味の喜劇仕立てなのだが、リアリティの強い表現だから安心して観ていられるのだった。科学の発展と、その裏側で真摯に悩む当事者の学者たちの生き方を考えさせる物語。
出演者は石井揮之・田中美央・壇臣幸・佐川和正・渡辺聡・佐藤滋。