編  集  後  記


 10月29日から3泊4日で、韓国ソウルへ行って来た。札幌の演劇財団付属・劇団TPSと、ソウルの劇団との相互交流公演が出来ないかという相談の下準備で、まあ僕は単に、平田修二チーフ・プロデユーサーの酒呑み相棒役だっただけなのだが……

旭川出身の現地の演劇プロデューサーで、外国公演、特に日本との相互交流のコーデネーターとして活躍中の、小柄だが若くてスリムでエネルギッシュな女性・木村典子さんの案内と紹介で、楽しくそして実り多いソウル行きだった。

韓国の演劇界は、いわゆる小劇場が盛んだそうだ。大学路という繁華街は、東京・下北沢のような演劇の街だそうだがスケールが桁違いに大きい。この地域には驚くなかれ50前後もの小劇場があり、それらはいわゆるブラックボックスという内壁が真っ黒で、客数100席前後のフリースペースが大半だそうだ。

そしてさらにそれに見合う、様々な小劇団が存在しているそうだ。さらに驚くべきことには、それらの劇団がそれぞれに経済的に自立しているということだった。
 それにはもちろん行政の強力な支援がなければ当然成り立たないわけだが、韓国はその点での文化行政は、僕たちからみると想像以上に素晴らしい機能を発揮しているらしい。

 そしてそれらの公演は長期上演が多く日本のように1週間とか10日とかじゃなくて、1ヶ月2ヶ月とか連続上演し評判が良ければ延長するし悪ければ打ち切るらしい。

だが子細に内容を点検してみると、必ずしもハッピイでもないらしい。日本では若い売れない劇団の俳優やスタッフたちは、コンビニやフアストフードのアルバイトで、その日暮らしをやりながら演劇の勉強をしているわけだが、ソウルでは基本的な生活の心配はある程度保証されているという。

 だがよく聞くと彼ら彼女たちはやっぱりアルバイトをやっているそうだ。ソウル最後の夜、劇団の若い役者達と呑みながら、そんな話をした。そのバイトとは、小中学校の演劇科目での指導助手のような仕事らしい。だがさらに突っ込んで聞くと、やはり日本と同じようにコンビニやフアストフードでのバイトもないわけじゃないと言っていた。

 劇団員の女の子の一人に日本語の達者な子がいたので聞いてみたら、大阪の高校を卒業して居るのだそうだ。どうりで大阪弁だった。彼女を通訳にして、かなり突っ込んだ話が出来たような気がする。

 僕はもう一つ興味を起こして、若い女優の卵たちに、TVや映画などに出るつもりはないの? と聞いてみた。隣に座っていた美人系の人は、私はステージ・アクトレスだから映像にはまったく関心がない、といっていた。すべての人がそうだとは考えられないけど、一般に彼ら彼女らが経済的にも最低限の保証をされているのなら、それはあり得るのかもしれないが……
 日本だって、ジャンルが違うから映像には関心のない俳優だっていることはいる。ジャンルの垣根が低くなったといっても、そういう信念の人がいるのも確かなことかもしれない。まあ、わずか2・3時間の酒席での話だ。

 劇団主宰の金洸甫(キムカンボ)さんという方は40歳前後の若い方だが、「次代を担う演出家」として「今や押しも押されぬ若手bP」(『韓国演劇への旅』=西堂行人=05年5月=晩成書房刊より)という方で、今度の国立劇場の演出作品が、僕の観た『謎の変奏曲』だということで大いに話が弾んだ。あの心理的葛藤劇をどのように解釈するんだろうと思うと、舞台が観たかった。
苦労人らしく二度も酒席に招待してくれ稽古も見せてくれ、劇団員たちとの飲み会の席まで設けてくれた。
『韓国演劇への旅』を見ると、韓国演劇の特徴として、
・政治的・歴史的な暗喩メッセージが強い表現。
・肉体を使うこと、まさに肉体による葛藤表現。そして身体を激しく動かすこと、とくに歌と踊り。日本の近代劇が「歌うな語れ。踊るな動け」と小山内薫などが指導して始まったのに対して、韓国では伝統的なメソッドを現代演劇に生かしたこと。
などということが読みとれたのだった。最近、日本ではいわゆるミユージカルを中心に、演劇・音楽・踊りの垣根が低くなっているようだが……

木村さんや金洸甫氏との話の中では、いま韓国の小劇場では、「お笑い」と「ラブコメディ」が大流行だそうだ。
札幌の演劇専用劇場でさえも「お笑い」のライブが盛んだし、普通の劇団の公演にも「お笑い」系の芸人が出演している。ある大学の表現芸術科でも、吉本との提携を検討する、という話まであったと聞いた。そして若い劇団のレパートリィには「ラブコメ」や「ハートウオーム」路線が盛んだ。
 この辺は韓国も日本も似たり寄ったりかも知れない。何しろ韓流ブームが日本中を席巻したのはつい最近の話しだし、その余波は一時よりは小さくなったといえども、今もまったく衰えてはいないのだ。       

06年11月