演 目
動物園物語
観劇日時/06.2.24
劇団名/劇工舎ルート
公演回数/ 3ヶ月連続公演 その2
作/エドワード・オールビイー 
構成/伊藤裕幸
演出/高田学
舞台美術/田村明美 
宣伝美術/ナシノツブテ
照明/伊藤裕幸
操作/田村明美
音響/山田健之
操作/高田光江
制作/加藤亜紀
協力/美容室SUGATA・松下音次郎
劇場/シアターコア

極北を目指す男

 舞台はニューヨーク・セントラルパーク、夏の午後。小さな汚い池の畔の貧相なベンチで読書する、小さな出版者の重役・ピーター(=伊藤裕幸)は40代の後半。
そこへ突然「動物園へ行ってきた」と語りかける、貧弱な身なりの30代終わり頃の見知らぬ男(=飯田慎治)。彼はジェリーと名乗り、ピーターの身元調査のようなことを始める。争いを好まぬピーターは渋々ながらジェリーの問いかけに応じて行く。
図に乗ったジェリーは一通りの話を聞き終えると、今度は一方的に自分のことを話し始める。それは話すというよりは必死になって捲くし立てるという感じだ。当惑しながらも適当に相槌を打つピーター。この全編の3/4ほども占める部分はほとんどがジェリーの一人芝居だ。
自分の生い立ちから家族構成、そして隣家の飼い犬とどのようにコンタクトが取れたのか取れなかったのか、一部始終を克明に説明する。そして話の合間合間に、動物園へ何をしに行ったのか? そこで何が起こったのか? 明日の新聞やTVが何を報道するか? などということを後で説明するからという予告で、思わせぶりに織り込んでいく。
ここまでの経過はやや退屈する。大事な伏線ではあるけれども、この芝居を初めて観る観客にとってはいささか単調すぎるために飽きてくるわけだ。もう少し工夫があってもいいと思う。
それに対して辛抱役のピーター(伊藤裕幸)が良い。自分のことを説明するのも、ほとんどジェリーの問いかけに対するイエスかノーの短い応答だけだし、ジェリーの一方的な一人芝居に対しても言葉らしい言葉もなく、わずかなリアクションだけの演技でジェリーの話に奥行きをもたせる好演であった。今回は演出を兼ねなかったので、本来の力が充分に発揮できたのかもしれない。
やがて話の尽きたジェリーは、突然にベンチに座って聞いていたピーターに、そのベンチの席を明渡せと無礼な要求を出す。少しずつスペースを譲っていたピーターも、完全に追い出そうとするジェリーに堪忍袋の緒が切れた。
力ずくで決めようというジェリーに興奮したピーターはへっぴり腰で応戦する。ジェリーがナイフを取り出したところで戦意を失ったピーターに、ジェリーはナイフを投げ出し、ピーターがナイフを使うことで互角の勝負になると言う。
手を出せないピーター。挑発を続けるジェリー。ついにピーターがナイフを取り上げたところで、ジェリーは心境を長い台詞で独白する。しかしこの独白はかなり抽象的で説得力が弱くインパクトが薄い。
ジェリーは、ピーターの構えたナイフ目掛けて飛び込んで抱きつく。驚愕するピーターにジェリーは人目に付かないうちに早く逃げろと叫ぶ。このままだと明日のTVや新聞にピーターの写真が出るぞと脅す。
たじろぎながら後ずさりするピーター。薄れ行く意識の中でかろうじてハンカチでナイフの柄の指紋を拭うジェリーは「ありがとう」と呟いて絶命する。恐怖で去る小心のピーター。
彼はなぜまったく見知らぬ男の力を借りて自ら死んでいったのか? この公園は動物園の北の方角にあるのを何度も念を押していたジェリー。極北をめざし、40歳を目前にして、定職のない男、希望も愛情もなく、その絶望男が最後に求めたのは、まったく初めて会った見知らぬ男とのまさに命を賭けた人間的な繋がりだったのだろうか? 
この極端で直情径行の絶望男のラストの哀愁は、むしろ爽やかに何かを訴えかけるのであった。最後のシーンは動きも激しく二人の丁々発止のやりとりも迫真的で見応えがあったのであった。