演 目
映画/変 身
SRD・ロシア
観劇日時/05.3.12
原作/フランツ・カフカ
監督/ワレーリイ・フォーキン
主演/エヴゲーニイ・ミローノフ
劇場/シアターキノ


家族の困惑

 90年以上昔のプラハ、庶民の家庭に起こった不思議な話。人の良いセールスマンのグレーゴル・ザムザは、ある日目覚めると異様な毒虫になっていた。ここから家族の悲劇が始まる。
グレーゴルはパジャマのままで虫の動きを始める。家族の困惑と愛憎……残飯しか食べず、ドロドロのパジャマのまま蠢き回るグレーゴル。ついに彼の部屋は物置部屋に変貌し、そこに幽閉される。
プラハの実に美しい景色と石造りの町に降る陰鬱な雨の情景と、虫になる以前のグレゴールや美しい妹とのカットなどが、ほとんど台詞のない画面に映し出される。
それは先日の中国映画『故郷の香り』と、実に好一対をなす風景なのだが、そこに描き出される人間のありようは全く正反対なのが哀しい。
やがてグレーゴルは息を絶える。悲惨な死だ。両親と妹は本心ホッとして、爽やかな新緑の郊外へと心安らかに路面電車で出掛けて行くのがラストシーンだ。
これは簡単に、現代の認知症つまり痴呆症の患者を持った家族の悲劇と読み取れる。そして拡大解釈すれば、わが身の責任でないことが原因で、おぞましい存在になった人間、たとえば先日の『泣かないで』(原作・遠藤周作「わたしが・棄てた・女」)の森田ミツもそうだ。
そういう人間を心ならずも排除せずにはいられなくなった周囲の人間たち。愛情が憎悪に変わる悲劇。
こういう不条理の世界はまったく現代の物語であり、息を呑むような素晴らしい景色との対比が残酷な哀しさに充ちている。90年前の不可解な物語でありながら、人間はどこまでいっても悲劇の存在なのであるのか? ここでも神の不在を語りかけてくる状景であった