演 目
カメヤ演芸場物語
観劇日時/04.11.22
劇団名/劇団イナダ組
公演回数/Vol.31
作・演出/イナダ
照明/高橋正和
音響/奥山奈々
劇場/道新ホール


エンターテインメントの粋

 1971年、学生や若者たちの反権力闘争が追い詰められて過激になり、遂にその終焉に向かいつつあるころの東京浅草「カメヤ演芸場」の楽屋が舞台。そこは売れない芸人たちの溜まり場のようなところであり、軋轢も絶えないが結局人情の厚い温かいところだ。
ある日この楽屋に、一斉検挙を辛うじて逃げのびた学生運動の闘士・秋田(音尾琢真)が転がり込んでくる。この演芸場の進行係・夏目信治(飯野智行)は学生崩れで、その妹・夏目順子(和田和美)は秋田の同志であったという偶然ノノまあご都合主義ともいうけれども、これはエンターテインメントの一種のセオリー。飲んだ暮れの夫婦漫才の亭主・ロマン(大泉洋)、苦労人でしっかり者のその妻・カレン(棚田佳奈子)。女性メンバー・チー子(小島達子)をめぐって鞘当が絶えないトリオ・ザ・ハイセンスの芸人肌・石崎(岩尾亮)、チー子の存在ゆえに付いていくクニ(江田由紀浩)。出番を間違えたフリしてギャラを稼ぎたい売れない落語家・出船亭金朝(川井J竜輔)。父親の急死で何も分らないまま演芸場を引き継いだ若い支配人の佐竹(森崎博之)。楽屋へ年中入り浸りで浅草芸人の生き字引といわれる近所のラーメン屋・陳軒楼のおばちゃん(野村千穂)。照明のヒデさん(加藤和也)。すべてお約束どおりの登場人物であり実に巧く創られている。
 秋田は官憲の目から一時逃れるためと、つい成り行きから旧知の進行係・夏目と組んで即席の漫才コンビ「チャンス・ピンチ」としてデビューする。そして都合よく売れていく「チャンス・ピンチ」。
 一方、苦労したカレンは過労のために倒れる。打って変わって必死に看病するロマン、死期を悟ったカレンは、トリオ解散で一人ぽっちになったチー子に二代目を継がせるべく猛稽古を始める。
 襲名披露の日、重病入院のため外出禁止のカレンは、チャンス・ピンチに抱かれるようにして楽屋入りする。ロマンはカレンとの永い来し方溢れる思い、そしてその以前、一兵卒としての戦場の辛い悲しい思い出を切々と語る。
 死を覚悟したカレン、カレンを気使いながら二代目カレンを何とか成功させたいロマン、応えたいチー子、この前座が出世の花道になると張り切るチャンス・ピンチ。そのとき失意の順子の密告によって秋田逮捕の手入れ(刑事佐藤ケイ太・他)がある。
 これらの複雑に巧く積み上げられた物語は、客席の笑いと拍手に包まれる。イナダ組のポリシーはそういう観客の期待に応えて700席10日間のステージが満席となる。
 しかしあえて僕の納得できなかったことは、学生運動の若者たちの扱いだ。もちろん肯定的に描かれていて、この演芸場の庶民の人たちとの交流も暖かく心を通じ合わせている。しかしそれはあくまでも人情喜劇の添え物としてしか扱われていない。話の奥行きと幅を広げるための小道具として使われているに過ぎない。
 この舞台に、かの学生運動の苛烈な闘争の意義を問うのは筋違いかもしれない。だが、このよく出来てこれだけ大勢の若い観客に圧倒的に受け入れられたエンターテインメントに、かつて挫折した若い闘士たちを登場させたのならば、彼らの真意についてもう少し掘り下げられなかったのかなぁと思うのは無理であり僕の感傷であろうか?ここでは若さのゆえに暴走し、暴走し損なった可哀想な若者たちという印象が強い。それではせっかく登場したかつての純情一途な彼らが気の毒だと思えてならない。
 今、この時期の若い人たちに強いインパクトを与えるべき期待をしたかったのは、ないものねだりであっただろうか? 可能性もあっただけにいささか残念な思いが残る。