演 目
開運ラジオ
観劇日時/04.5.9
劇団名/旭川ステージワーク×ツカサ
公演回数/Wプロデュース公演
作/平田俊子
演出/矢野ツカサ
照明/豊島勉
音響/大友理香子
劇場/シアターコア


哀しさを洒落のめしたか?

 舞台奥と上・下(かみしも)を手前に開くように囲んだ梯形に造られた背景は、直径50cmほどの円形を、時計の9時の形に3/4を黒、1/4を灰色に塗り分けた連続模様が、全面に描かれたモノクロームの洒落た抽象画面。正面奥には真っ黒な扉が開いて人が出入り出来るように造られている。
 登場人物は女が三人。矢野ツカサ・松浦みゆき・小川恵理(登場順)。役柄がどんどん変わるので登場人物に役者を当てはめるのは無理だ。三人はそれぞれ赤と黒との二色で作られたユニフォームのような、しかし三人とも微妙に一人一人デザインの異なった衣装。
 このクッキリと色分けされた背景と衣装の対比は、これから展開される舞台の抽象性を暗示して見事な造形と色彩感覚だ。
 ただ惜しむらくは、靴の色だ。三人の内、一人は赤、もう一人は黒い靴だったのに対比してもう一人の靴は薄青色だったのは、いかにも異物感が強く気になる。その違和感を意識して表現したとは思えないのだが…… 付け加えると、この衣装、安い生地を使ったとみえ、全体にくたびれた感じがする。特に襟などグッタリとして、おそらくクリーニングもされていないようだ。全体の抽象性に対して、生活感がありすぎる。
 話は説明できないほど具体性が乏しく、三人の女性がさまざまな役割を次々に演じる。幼馴染の親友であったり、エレベーターガールと乗客であったり、嫁と姑であったり、それらの関係は近づくべく努力しながらも永遠に近づき得ない人間関係の哀しさを、むしろ滑稽な行動として執拗に描き出してゆく。
 それはとても滑稽で哀しいのだが、目を逸らすことの出来ない真実でもあり、笑って眺めながら心の奥底にシンと突き刺さってしまうような切なさがある。
 背景の連続模様の知らぬふりをしているような静かな客観性に対して、衣装の人工的で観客に有無を言わせぬ熱さが水と油の感じで、よくこの対比を象徴していたと思う。
 作者の平田俊子には「血まみれノンちゃん」というリアルな日常風景を描いた作品があるが、それに対するこの抽象性の幅の広さは魅力的ではあるが、血まみれの心情に追い込まれて行く共通性がある。